「私の好きなモノそして人」番外編~建もの探訪と渡辺篤史~

ドラマについては一回お休みしまして、今日は渡辺篤史の『建もの探訪』というテレ朝系でもう30年続いている長寿番組のお話をしたいと思います。

皆さん、一度は見たことがある番組だと思いますが、個人住宅を渡辺篤史さんが訪問し紹介する番組です。

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スタートは、1989年4月でした。

私の家では少女が生まれ、住居を相模原の淵野辺というJR横浜線の駅に移した頃の話です。

当時の日本は、バブルに湧いておりました。
土地や家賃はとんでもなく上がっていている中、第一子が出来「さあ大変だー!」という感じで、新しい住居を探しておりました。

それまで住んでおりました、東急田園都市線の藤が丘というところは、とても良いところだったのですが、暮らしていたのが階段で5階まで上がらなくてはいけない県営住宅の様な2DKであったため、赤ちゃんを抱っこして暮らすには少し無理がありました。

そこで引っ越し先を探していたのですが、何しろ家賃が上昇し続けていて同じ場所では予算に合う物件はありませんでした。子持ちの若夫婦に出せる金額には限界があります。
世の中はバブルで湧いているとは言え、20代の若造にはバブルの恩恵など回って来る筈もなく、ギリギリの生活を送っておりました。それは今でも変わりませんが(笑)

限られた予算の中で、部屋の広さ住環境などをある程度満足させてくれる物件を探し回っているうちに、とうとう淵野辺まで行くこととなりました。

そこは、駅から徒歩20分。一応マンションというカテゴリーなのですが、2階建ての鉄骨構造で戸数は4軒で一棟、これがが2棟あるどう見てもアパートでありました。

間取りは2LDK、12畳のLDK,6畳の洋室が2つという約55㎡くらいの1階の部屋でしたが、目の前が大家さんの畑で、大変日当たりが良い新築物件でありました。
広さ的にも充分で、間取りや内装などもとても気に入り、そして小さい庭があることもそこにする決め手となりました。
その小さな庭で夏はゴムプール、そして何種類かの家庭菜園をして楽しみました。良い想い出です。
キッチンの後ろがコーナー窓になっていてちょっとオシャレで、その頃、異常に流行りだした全室フローリングであったりもした事にもグッと来た訳です。

何でも、家主さんが一級建築士さんでその方の設計によるものだという情報でした。
暮らしてみてわかったのですが、壁も厚く、隣家の物音で悩まされることはなかったので、マンションという設定も強ち嘘ではなかったのかも知れません。

通勤時間は1時間10分と少し遠めでしたが、当時東京での通勤時間としてはそんなに馬鹿遠いという感じでもなかったので、見に行ってすぐに決めました。
地方出身の方には理解できない感じかも知れませんんね。

兎に角、時はバブル。テレビドラマではOLが都心のマンションに住み、そのマンションも室内に段差のあるリビングがあったりするデザイナーズマンションの様な所に住んでいるのが当たり前の様になっていた時代でありました。所謂、トレンディードラマ全盛の時代であります。

常々思っているのですが、テレビドラマのマーケティング力には凄いものがあります。
私はずっとアパレルの仕事をしておりましたので、余計に感じ取っていたのかも分かりません。
登場人物のファッション、住居、暮らし方などは、時代性を踏まえた中で視聴者がどんな生活に憧れるのかをその徹底したマーケティングにより明確に割り出して、設定を決めているのだと思いますが、時代を掴む速さと正確さは、ファッション業界よりもむしろ情報的に優位だったとさえ感じます。

90年には、ダブル浅野(浅野温子・浅野ゆう子)で話題をかっさらった『抱きしめたい』や、バブルの終盤の匂いが少しする91年には、柴門ふみ原作の『東京ラブストーリー』(鈴木保奈美・織田裕二主演)が、小田和正の大ヒット主題歌に乗って、若者の感性を鷲掴みにしたのでした。

この2つのドラマにつきましては、またドラマ編でしっかり触れて行きたいと思います。

そんこんなで、家のオシャレさがとても大事な時代でありました。

兎に角、私が家というものにリアルに興味を持ちだした丁度その時代に『建もの探訪』は始まった訳です。

番組30年の歴史の中で、放送時間はかなり変わっていきました。
当初は、毎週土曜日の午前7:30~8:00だったと記憶していますが、その後曜日や時間を何度も変更し現在は毎週土曜午前4:30~4:55という飛んでもなく早い時間に引っ越しています。
私はその引っ越しの度に、毎回録画して殆ど欠かさず見て参りました。。

そもそも、私がこの番組を観始めたのは、89年番組が始まって間もなくのことでした。
土曜休みの朝、何気なく点けたテレビでやっていた事が、この番組を見始めたきっかけです。

住宅の新しい提案が詰まったこの番組は、それを観るだけでも充分面白かったのですが、渡辺篤史さんの紹介の仕方、目の付け所、そして素晴らしい住宅に巡り合ったときの彼の驚きと喜びに溢れる表現方法がとても好きだったのです。

いかにも嬉しそうに建物を紹介していく渡辺篤史さんは、実に可愛らしく、その建物好きが伝わって来る嘘のない表情や言葉の響きが何とも良いのです。

回を重ねるうちに渡辺さんの名調子や、渡辺さんの好きな感じや、オーディオ好きの所なんかが見えてきて、ドンドン面白くなって行きました。
毎回、小田和正のテーマソングbetween the word & the heart -言葉と心-」を乗せて住宅の外観や内部のカットが幾つか映り、「~な家」とか「~がある家」とか家の題名がテロップで出でます。それを渡辺さんのナレーション

「おはようございます。渡辺篤史です。今日の建物探訪は~~の~な家」

という名調子で始まります。

このスタイルは30年殆ど変わらず今も続いております。

この番組のお陰で覚えた建築用語が幾つかあります。

「ガルバリウム合板」
「南京下見張り」
「グレーチング」
「焼杉」
「ペアガラス」
「筋交い」
「根太」

これらの言葉や、その意味なんかは完全にこの番組から学びました。

そして、椅子や机、そして照明の作家ものの紹介も抜かりなくしてくれます。
「チャールズ・イームズ」
「レイ・イームズ」
「ル・コルビジェ」
「イサム・ノグチ」
「ポール・ヘニングセン」
「アルネ・ヤコブセン」
「ハンス・J・ウェグナー」
「ジョージ・ネルソン」
そして
「フランク・ロイド・ライト」

などの有名建築家・家具デザイナーたちの名前と作品もこの番組が教えてくれました。
建築家は家具のデザインもすることがとても多いことなんかも。

そして、渡辺さんの名調子の代表に

「このアールが良いですねー!」
「この手すり、、、有難い!」
「オッ、船舶照明!いいですねー!」
「このフローリングの材は何ですか?」
「風呂場の壁はFRPですね!?」
「天窓からの明かりが有難いやなー!」
「わー、この窓。まさにピクチャーウィンドウですね!」
「この借景が有難い!」
「たった12坪とは思えない、この広がりを実現した~さんのお宅、如何でしたか?」

などがあります。
(私はアールという言葉をroundと理解していたのですが、radius(半径)の頭文字を取ってのアールだった事に大分後から気付きました。)

そして渡辺さんが異常に喜ぶのが、オーディオのハイブランドを見つけた時です。目の色が変わります。
オーディオルームの存在やハイブランドの機材を見つけると必ず、家主の手を握り

「おめでとうございます!」

と嬉しそうに固い握手を交わします。その時の渡辺さんの嬉しそうなことといったら、、、
大分編集はされていると思われますが、建物の番組であったのが、オーディオの番組になってしまうほどの熱の入れようでした。

最近はオーディオの出番も少なく、たまにオーディオが出てきても、番組の趣旨から外れるのか、ご本人が少し自粛をされている感じなのが、際立ってオーディオ紹介をする事がなくなってきてしまいました。
オーディオファンの私としてはちょっと寂しい感じがします。

「またあの嬉しそうな顔が観たいなー!」そう思っています。

番組内で紹介される建物に、年に何回か、それこそ感動させられることがあります。
既存の私の発想では、全く想像もつかない創りの家を観た時などは、それこそ良い映画を観た時の様に感動します。

外回りの外壁に殆ど窓を設けずに、広めの中庭スペースに大開口を設け、中庭には広い階段を設けて2階との行き来も出来るといった、内なる解放を成し遂げた家などを観た時は、思わず引き込まれました。
敢えて、外壁を閉鎖したことで、内なる解放、自由を手に入れることが出来るなんて、思ってもいませんでした。

家自体が、傾斜地にある大きなワンルームで、その中をステップフロアーの様に区切り、一方の側面を全面窓にするような大胆なものにも、驚かされました。
その大開口の側面には緑の山の斜面が見える様は、まるで山を暮らしの中に取り込んだ様な、森と寄り添って暮らしている、そんな豊かさがありました。

単なる住宅の域を超え、当にアートであったり、生き方であったりする建物たちは、その家主や設計家や施工業者の魂の具現化に他なりません。
そこで暮らすであろう家主から感じ取った大切なものを踏まえ、その家で家主が暮らして行く姿を頭で映像化し、そのイメージを予算と広さ地形の制約の中で具現化していける建築家は、実に素晴らしいと思います。

また、この番組が現在に至るまでに一般住宅に与えた影響は、なかなかではないかな?とも思っています。
スケルトンの風呂場とか、ガルバリウム外壁、天窓、吹き抜け、大開口などはこの番組のスタンダード的に紹介されて来ました。
今では当たり前ですが、その当たり前になったのにこの番組の寄与は少なからずあったと思っています。

何にしましても、紹介される建物、そして渡辺篤史さんは最高に面白く、番組をあんなに何度も引っ越しをさせられた番組でありながら、30周年を迎えて尚続いていることに対し、スタッフの並々ならぬ熱意と魂、そしてコアなファンの存在を感じるのでありました。

かく言う私も、コアなファンの一人であることは間違いありません。


蛇足になりますが、渡辺篤史さんの自宅と、オーディオセットはどんな感じなのでしょうか?気になってなりません。
番組内でほんの少しそれについて触れられたことがありました。
打ちっぱなしの室内の壁と、オーディオの相性が悪く、「失敗した!」と言われていましたが、是非観てみたいと思っていおります。

30年という長きに渡って番組を維持することは、大変な事であろうと思います。
何時の時代も支持されるということのヒントは、この番組の中にあるのかも知れません。

これからもコアなファンの一人として、『建もの探訪』をしっかり観て行こうと思います。









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