ひと休憩~少しオーディオの話 第6話~「禁煙貯金!」

私も50代に入り、血圧なんかが少々高くなってきたこともあり、この際ひと月一万数千円をつぎ込んでいる煙草代を有効活用できれば一石二鳥とばかりに、禁煙外来なるモノに通い始めました。
実は、こんなお金があるのなら、7カ月も貯金すれば欲しかったSACDプレーヤーが手に入ると思ったのです。癒しの方法を

「煙から音へ!」

というキャッチフレーズを自分で設け禁煙に取り組みました。


丁度近所に禁煙外来がありそこに行くと、
「禁煙をする意思がどれくらいあるのか?」
「成功率は割と高い数字で、こういう人は成功します」
「頑張って行きましょう!」
というようなことを医師から言われ、禁煙パッチと呼ばれる直径5センチ程度の丸いシップの様なものを処方してくれます。何か飲み薬的なものもあったように思いますが、そこはよく覚えてません。
禁煙パッチは丸いシップの様なもので、パッチのシールの中にニコチンが入っているらしく、所謂「ヤニ切れ」の症状を押させてくれるものらしいのです。

通院は2カ月弱だったと記憶しています。
治療というものは殆どなく、最初1週間毎に外来に行き、行く度に先生から
「止められていますか?」
という質問と、機械に息を大きく吹きかけて数値を確認し、本当に吸っていないかどうかの確認をされ、処方箋を書いてもらい薬局で例の禁煙パッチを貰うという感じの繰り返しです。
禁煙パッチの大きさも、当初5cmくらいあったモノから、3週間くらいで3cmくらいのモノに変わっていきました。
3週間もすると大きいものでは気持ちが悪くなってくるのです。徐々にニコチンを必要としなくなってきていることを実感するのです。

私は、禁煙を割とゲーム感覚でやっていたため、そんなに苦痛でもなく滞りなく2カ月間やり切って、一応禁煙に成功しました。

禁煙外来の費用は2万円弱だったと記憶しています。

吸わなくなったら、やはり口元が淋しかったため、ガムをずっと噛んでいました。
禁煙した人たちは、ほぼ皆さん口を揃えて

「煙草の匂いが嫌いになった!」

そんな風に言っていますが、私の場合それは全くなく、野外の喫煙所のそばを通ると

「いい匂いだなー!」

と毎回思っていましたが、兎に角止められました。
それから暫くは煙草の誘惑に惑わされぬよう、飲みに行く回数も控えていたため、少し引きこもりの様な生活を続けました。

そんな生活を続けていると、楽しみと言えば、「音」しかなくなってくるような状態に陥って、行く場所と言えば現在の新宿のビックロと、タワーレコードばかりとなり、ビックロのオーディオコーナーで、色んな音のスピーカー・アンプ・CDプレーヤを聴かせてもらいました。D&Mの販売の室さんともすっかり仲良くなり、お勧めのCDなんかも教えてもらえるようになりました。

私の狙っていたmarantz SA15S2はやはり良い音で、どんどん楽しみは深まっていくばかりです。

こんな生活をしていると、、、、こんな生活とは、飲みにも行かないで一人で行動し、一人で音に最大限の集中をして聴き入っている様な毎日という意味ですが、これによって少し変わったことが自分の中に起き始めました。

音に耳を澄ますことで、同時に聞えてきたのは、奥底に眠っていた自分自身の心の声だったのです。

ひとつのモノを希求していくこと、もしそれに意味があるとするとそれは何のだろう?
大げさに言うと、道を究める人たちがその過程でやっていることは、

「全てをフラットにして、自分と向き合い、その対象をもって自分と語り合い、自分という事を理解し、そして自分の思う自分を高める方向に進む。」

そんな事ではないのだろうか?そのことに気付き始めたのです。
たかだか少し嵌ったオーディオくらいで、大変不遜な言い方になりますが、そんな感じになってきたのです。

禁煙も含め、意識してこんなに長く一人の時間を持つなんてことは、人生の中でそんなにはなかった気がします。
自分と向き合うのに、一人の時間は割と大切にする方でしたが、何年も同じ事を対象に自分と向き合ったことは、恐らく人生初めてのことです。

私は、洋服のMDという仕事をしていましたので、それこそ一日中洋服の事ばかり考えて暮らしてきました。夜寝る前にも
「こんな感じだったら売れそうだ!」
とか、布団に入ってから
「これだー!」
なんてこともしばしば。

しかしこれは仕事であって、アイデアを話し合える仲間が沢山いて、最終一人だけで決めるのではなく、自分のアイデアの取捨選択、肉付けは皆の意見によってなされる訳です。

デザイナーとエンドユーザーを結ぶ最高のアイデアや調整をすることを生業としていたので、自分のアイデアではあるものの、人が喜ぶためのことを必死で考えていた訳です。
勿論そこに喜びはありましたし、割と好きなことをさせて頂きました。

ただ、「服と音」が私にとって決定的に違うのは、「服」は私なんかより大きな熱量をもって好きな人が沢山いますし、現に僕は服のメーカーにいた訳ですから、社長を含め洋服の好きさでは敵わない人たちが何人かいました。
服は私にとっては確かにとても好きなものなのですが、それは「何よりも好き」という事ではないのだと音との再会によって気付かされたのです。
「音・音楽」は自信をもって大好きと言えるものであったのです。
良い音で良い音楽を聴くと、心が震えるのです!涙が溢れるのです!

50歳を過ぎて自分と向き合うというのは遅すぎですが、服・利益・戦略・人のことなど仕事のことの中に身を投じていたので、こんな風に自分と向き合える時間なや心の余裕はなかったように思いますし、音に再会するまでは、素材・デザイン・カラー・トレンド・オリジナリティーなどの服にまつわることが、自分にはとても向いていることだと思っていましたし、実際向いていたんだとも思います。案外これくらいの好き度が仕事としては向いているのかも知れませんが。
ただ、服に心を震わせられたことはありませんでしたし、涙を流したこともありませんでした。

内省的、そんな言葉を使えるような、少し研ぎ澄まされた様な時間を過ごす日々が続いたこともあり、目標金額に5カ月余りで到達しました。


私が狙っていたのは、やはりmarantzのSA15S2という上位機種の入り口の様なSACDプレーヤーです。このプレーヤーは販売末期で新機種が出るのを待っているような状態でした。
そのため、あちこちで在庫がなくなり、馴染みの室さんから買う予定でしたが、在庫のなしの状態でそれも出来なくなったため、ネットで探しまくることになりました。
そして、ようやく発見し無事購入することが出来ました。

いよいよ、奴が届きます!



~つづく~







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